イオンシネマ板橋で映画「福田村事件」を観ました。
この映画は大正時代に関東大震災が起きたとき千葉県東葛飾郡福田村で朝鮮人が井戸に毒を入れただの朝鮮人が大勢で日本人を殺しに来るだのデマが流れて、香川県讃岐から薬の行商にやってきた団体(写真)を讃岐弁が朝鮮語に似ていることから朝鮮人と間違えて子供と妊婦を含めた9人を殺したという闇に葬られて世間で知られることのなかった福田村事件という実話を描いた作品です。
当時の日本は朝鮮人と社会主義者を異質なものと見なし殺戮していました。
人間は自分たちの集団とは異質な人たちを嫌悪して排除するという心理があります。
こういう人種差別は人類の歴史で、ずぅ〜っと続いて来ました。
白人による黒人差別はつい最近でも白人警察官による黒人への暴力事件があったし、ヒットラーによるユダヤ人の大量虐殺など、まさに人種差別は人間の狂気です。
それと実は人種差別問題は僕にとっても決して他人事ではないのです。
僕は以前このブログで自分のルーツが朝鮮であることを書きました。
僕の母方の祖父が朝鮮人なのです。
それで母は就職や結婚がうまくいかなかったのです。
そして僕にも異質な人や集団を嫌悪する心理はあります。
例えば僕は共産党が嫌いです。
なぜなら共産党は世の中は共産主義が理想だという思想だからです。
僕を含めて多くの人は共産主義は国全体が貧しくなってしまい国民総公務員で自分で自由に起業できない社会は民主主義ではないと考えるからです。
つまり自分たちとは考え方の違う人たちを嫌悪するという心理です。
それと僕は社会的引きこもりを続けていて一向に働く気のない弟を激しく嫌悪しています。
それはそんな弟をまったく理解できないからです。
弟はたぶん何らかの心の問題を抱えているかもしれません。
そしてそれは自分でもわからないのかもしれません。
僕はそんな弟をまったく理想しようとせずに、ただただもどかしく腹立たしく殺してやりたいとさえ思ってしまうまったく優しさのない人間です。
つまり僕の中にも人を差別したり見下したりする醜い心と残虐性を持っているのです。
すべての人類が優しさと思いやりと愛を持って生きれば差別や偏見はなくなるでしょう。
しかし人間が人間である以上、人間が弱い存在である以上それは無理な話です。
差別と偏見は永遠に続くし、この世にパラダイスを築くことは不可能なのです。